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今日から4月となりました。一昔前はエイプリルフールなどといって、この日だけは嘘を言っても許されるという日でした。勿論、遊び心での話しですが、最近はそんな話も聞かなくなりました。
今日から新年度の始まりです。若者たちは進学や、社会への巣立ちなどで新しい世界に挑戦をする季節です。最近は秋学期が話題になっていますが、大半の大学では従来通り春から新年度が始まるようです。 私は別段新年度がどうってことはありませんが、それでも年度始めですから今まで定期的に行ってきた会合について今年度はどんな方向で行くべきかを少しだけ考えてみました。 まず、二水会ですが、3月で通算117回目を迎えました。現役時代は毎月開催し、引退後は隔月開催ですが、こんなに長く開催し続けてきたことに自分でも感慨深いものがあります。 決して特定の目的を持って開催している訳ではなく、日常身近に起きている社会問題などについて皆さんと一緒に考えるための純粋の勉強会として開催し続けてきました。内容は時事問題の解説程度のものでしかありませんが、政治塾が各地で開催されていることから二水会の中から候補者を擁立すべきだなどと檄を飛ばす人もいます。しかし、私はそんな行き方にはかなりの疑問を抱いています。 なぜなら政治家を目指す者がそれなりの資質を備えねばならないことは当然ですが、それほど簡単に、それも短期間で候補者養成などできる訳がないからです。確かに現職議員の多くが日常の雑事に追われ勉強する時間が持てないことも事実ですが、それでも、もう少し勉強をしてもらわねば困ると思われる議員がいます。余りにも勉強をしない議員が多いことも政治家不信の原因だからです。 それともう一点議員の養成に関して、地方議員を中心に考えてみますと政治を志す若者が簡単に見当たらないのが現実だからです。 従来のパターンでは、まず自らの生活基盤があり、資質に加え、それなりの資金が必要となりますと中々この世界に飛び込んでくる若者が見つからなかったのです。ところが最近の選挙は、従来とはまったく様変わりをし、カリスマ性をもつ指導者の下で「風」に乗れば選挙をクリアーできる風潮が蔓延して来たのです。ですからそんな指導者が呼びかけた政治塾には3千人を超える参加希望者が集るのです。 その代表格として橋下氏が呼びかけた「維新政治塾」があります。次期国政選挙にターゲット絞り教育するとのことですが、実質的なその成果について多くの期待ができるでしょうか。 学歴としては人もうらやむ経歴をもち、また難関とされる国家試験をクリアーし国家資格を持った議員が数多くいます。勿論素晴らしい人もいますが、その逆にトンでもない人もいます。こんな言い方はしたくないですが、鳩山由紀夫氏は東大の院を出てスタンフォード大の院を終了したサラブレッドですが、あの人の政治家としての資質はまったく評価できないものであることは万人の認めるところです。 当世はやりの政治塾で、俄仕込みで詰め込んだとしても使い物になるとは限らないでしょう。 教育現場で政治教育がタブー視されて来たのにはそれなりの理由がありました。自らの意思で判断する能力を持たない義務教育課程などで、もし偏向的な教育をすればトンでもない若者をつくる可能性があるからです。だから実社会において、成人に対して政治教育をすることは大変有意義であり大事なことだと思います。その意味では民間における政治教育の場としての政治塾は意義のあるものだと思います。 それでも最近の塾ばやりは、「寄らば大樹の陰」とやらで、換言すれば「一攫千金」的にその団体に入りさえすれば道が開けると考えている連中が多いのはかなり気になります。 最近、政党論について多少体系だった学びをしてきたつもりですが、学問的に言うのではなく現実問題として既成政党がほとんど機能していないことは連日のマスコミ報道を通じても明らかです。 それだけに閉塞感を打ち破るという元気の良い呼びかけだけに反応する選挙民が蔓延いていることは由々しい問題だと考えています。 こんな現状に対して、政治家の卵を育てることよりも、選挙民の民度、及び政治判断力を高める必要性を痛感するのです。 個人を育てるのではなく、マスを育てることはさらに難しいことですが、市井の一個人として今一番必要と感じるものがそれであるなら、大言壮語するのではなく、急がずにそのための取り組みをなすのが務めであろうと考えるのです。 こんなことから、今年度の地方行政研究会が主催する二水会の運営方針は、候補者ではなく選挙民を育てる取り組みをなすべきであると考えています。 政策ではなく、「風」、即ち雰囲気だけで政治が方向付けられてはならないと思うからです。 平成24年4月1日 松 室 猛
維新の会の「八策」は、どのように読んでもマニフェストとは思えないと「議論の広場」で発信したが、10日になって「維新八策」は、公約とか政策集ではなく、一致団結してやっていくための価値観集だ」と述べていたが、それならわかるという感じがした。
しかし浅田政調会長はこれを土台に次期衆院選のマニフェストを作成するといっているが、こんな理念集の様なものがマニフェストになるのだろうか。マニフェストとは、その実現可能性を時限を示して選挙民の判断を仰ぐものだから、価値観集とマニフェストとはそう簡単に一体化させられないはずだ。グレートリセットのための指標としては評価できるが、こんなものは公約にはならないのではないだろうか。 今朝(19日)の新聞で世論調査の結果が報じられていた。それによると近畿地区の比例選挙で維新へ投票すると答えた人は24%に達し、自民は18%、民主が10%に比べるとダントツの支持率である。 二水会の定例講演でも述べたが、現政権が示したマニフェストがまったくの絵空事で、ほとんどが実現できないことが暴露され政治不信を増幅させているのはご承知の通りである。だからかもしれないが、当てにならないマニフェストよりも、どうしようもない既成政党のもつ閉塞感を打ち破ってくれる維新の会、特に橋下氏の改革への取り組みやスピード感に期待する声が世論調査の結果となっているのだろう。 このように考えてくると、次期の選挙がいつになるかはわからないが、マニフェストなどより体制変革を思わせるほどの過激な理念に対する評価が選挙を左右することになるだろう。具体的な政策の実現可能性よりも橋下氏がもっているスピード感のある実行力に対する評価だけで選挙が決まる可能性があるようだ。 議論の広場にも書いたが、マニフェスト選挙が大きく様変わりし、新しいタイプの選挙が始まる予感がする。 この状態に対して既成政党がどう動くのかが見ものだ。 維新政治塾の動きが注目されるが、短期間に理念だけを教えても大した役に立たないのではないか。 しかしカリキュラムには大いに関心がある。しばらくは維新政治塾の活動から目が離せない感じだ。 平成24年3月19日 松 室 猛
早いもので今日から2月となりました。あっという間に年が明けてから1ヶ月が経過しました。
昔の人は、「2月は逃げる」、「3月は去る」といってこの時期の時間の経過の早さを表現しているのは実に適格な表現だな~と実感しています。 ボヤボヤしていますと直ぐに新年度がやってきますので、第一線を引退したとは言うもののそれなりに準備しなければならないこともあり、今日からはデスクワークに身を入れねばならないと自らに言い聞かせています。 まず手はじめに大学関係では授業計画であるシラバスに関して主任教授と打ち合わせをしなければなりませんし、まったく別の仕事ながら一昨年の暮れから就任しております社団法人・関西河川スポーツ振興協会の理事長としての仕事もあります。 この法人は関西大学・関西学院大学・甲南大学の三大学のボート部の活動拠点である神崎川沿いの艇庫の管理運営をしているのですが、公益法人法が改正され、法人が如何に公益事業をしているのかに関して大変厳しい規制が課せられるようになりました。法改正の趣旨に沿って組織の改編をしなければならず、その作業に取組まねばならないのです。 法改正の解釈はまだしも、経理事務を複式簿記にしろだとか、公益目的支出を計画的にしろだとか、私には馴染みのない作業がありますだけにかなりシンドイ仕事です。 組織の管理運営については三大学の担当者と相談をして何とかなりますが、事務局員などの専従者が1人もいないまったくのボランティアでの運営ですから1人で役所他の手続きをしなければなりません。新法人への移行に関しては公認会計士事務所にお世話にならざるを得ませんのでこの交渉もしなければなりません。 しかし、前任者が大学のボート部の為に、『無から有を造りだす』ウルトラCとも言うべき努力を重ねられ出来上がった類稀な資産を継続させるために、ボート競技とはまったく縁のない私ですが引継いだ以上は私なりに責任を果たさねばならないとの思いだけで取組んでいるのです。 この仕事は新法準拠法人に移行させた時点で引退する予定ですが、そのタイムリミットを次年度(24年度)中と公表しましたので何としても今年中くらいには目途を立てたいと考えています。 ごく少数の関係者だけが感謝してくれていますが、このようなシンドイ仕事から早く解放されたいと言うのが偽らざる本音です。 今日、近くの書道塾の前を通りかかりますと、「あなたがいないと困ると思われる人に」と書かれた色紙がありました。 少なくとも「あなたがおれば困ると思われる人」にはならないようにしなければと思っています。 至らぬながら健康に恵まれていることに感謝しながら、手に合うことをし続けねば・・・と思っている今日この頃です。 寒さの厳しい季節です。お互いに健康に留意しながら毎日を過ごしたいものですね。 平成24年2月1日 松 室 猛
年が改まり、今日は7日目、七草粥の日を迎えました。皆さんはいかがお過ごしですか。
昨年の暮れに年賀状の準備をしながら、何と書けばよいかと随分戸惑いました。 みちのくを思えば「おめでとうございます」の言葉も憚られ、「今年こそが良い年でありますように」と書くのも、何となく白々しい感じがする年明けだからです。 本当に難しい時代となりました。 しかし、どんな時代でありましょうとも健康でなければ何もできません。 不況や不条理を吹っ飛ばすためにも元気でなければなりません。 いたずらに馬齢を重ねたことを反省しながら、何よりも健康に留意し元気で過ごすことをモットーに今年を乗り切りたいと考えています。 本年もよろしくお願い申し上げ年頭のご挨拶とさせていただきます。 平成24年1月7日 松 室 猛
年末には「今年の重大ニュース」が話題になりますが、今年はトンでもないことが起こり過ぎました。
何といっても最大のニュースは、みちのくの大震災ですが、自然界の営みだけでなく政治経済の分野でも大変な変化が次々に起こりました。 中央政界では民主党政権としては3代目の野田総理が誕生しましたものの、ほとんど全ての面で選挙時のマニフェストが実現できず、遂に本日の新聞では「野田政権崩壊の兆し」の見出しが現れるに至りました。 コンクリートから人へのキャッチフレーズなどは、八ッ場ダムの建設中止が撤回され、任期中の消費税値上げ問題も、事の是非はともかく、マニフェストを無視した対応にはさすがに民主党の党内からも批判が続出し離党者相次ぐ事態になっています。 地方自治体では、橋下旋風が吹き荒れ新しい時代が出現しました。橋下の凄さは、独裁的だと批判されながらも着実に改革を推進している姿です。何をなそうとするのか、その詳細が明らかでないのに「大阪市をぶっ潰す」と語り、それを都構想につなげるという実にラフな構想であるにもかかわらず、過大すぎる評価が集っています。 彼らのいう政策とは別次元で、同時選挙での圧勝は既成政党にとっては大変な脅威となり、共産党を除くすべての政党が「大阪維新の会」の主張する大阪都構想に擦り寄る姿勢を示すに至りました。まさしくこれは大阪から日本を変える動きになりつつあります。 本来、こんなのは「ひょうたんから駒」がでたような感じでしかなく、都構想を徹底的に検証することもせず、次期の選挙にしか関心がない既成政党の陣笠政治家どもが維新の会に擦り寄っている姿はみっともなくって見ておれない感じがします。 私は、今年だけではないですが、最近の選挙の特異さに驚いています。「選挙で示される民意」とは、勢いだけで、政治家の掲げる政策の詳細についての判断が実にいい加減であることに驚いているのです。 これは選ぶ側である選挙民だけの責任ではなく、民主党のマニフェストに騙され続けた選挙民が、小賢しい理屈より閉塞感からの脱却の可能性だけに賭けている「もがき」の表われではないかと考えているのです。 確かに今日までの地方自治体運営に関して政府の対応は、旧態依然としたままで部分的な手直しをする程度でしかありませんでした。そのためにわざわざ総選挙をしなければならない程の必然性の無い郵政改革などでは、かなり荒っぽい改革をした小泉政権でさえ、地方自治体の機関委任事務の全廃はしたものの三位一体の改革と称しての税源移譲などは極めて中途半端で、むしろ自治体を疲弊させる結果になったことは自治体関係者の一致した評価でありました。 こんな中で、地方自治体の形、特に大都市が抱える問題点を極めて明確に指摘し大都市政策の新しい形を模索する動きに何となく共感しているのだと分析しています。 何といっても不甲斐ないのは既成政党です。来年は民主党の分裂もありそうですし、橋下新党もほぼ間違いなく姿を現すでしょう。 橋下の出自を穿り出し、親父さんの過去まで暴いた三流週刊誌が何の影響も及ぼさなかった事実も、やはり新しい時代を予感させるに充分でした。 来年はどうなるのか、などといった陳腐な予測は意味をなさないでしょうが、、今感じられることは、従来とはまったく違った政治の枠組みの出現だと思っています。 昨年の暮れに池田市長選挙に際して、重大な決意をしようとした熱き血はいまだ冷めてはいない積もりですが、橋下の姿を見ていて、やはり彼の若さとセンスには一目も二目も置く自分を感じ、たそがれを感じる年の瀬を迎えています。 満75歳の齢を迎え、やはり若い者の時代あることを感じるとともに老兵の身の処し方を真剣に考えている年の瀬でもあります。 しかし、しばらくは市井の一論客として、なんの影響力がなくとも、ボヤキ続けることを辞められそうにない年になりそうです。 平成23年12月28日 松 室 猛
松井氏より得票が多かったのは10日程前まで池田の市長だったのですから当然でしょうね。
しかし、倉田氏の池田市における得票を精査してみますと、 4月の市長選挙の投票率 51,62%、 彼の得票 29,769票 大阪知事選では投票率 60,79% 〃 28,695票 投票率が9,1%アップしているのに得票数1,074票下回っているのです。この結果を彼はどのように分析しているのでしょうか。 知事選挙の最中でも彼は当選を確信していたようで、「知事公舎には住まない、伏尾台から通う」などとコメントしていた感覚は常軌を逸していましたね。 如何に記者から問われたとしても、政策ならともかく、その時点では知事公舎に住むとか住まないなどの話題には答えられないというべきではなかったでしょうか。 このような些細なコメントでも、彼は勝った積りだといった反発があったことなど知らないのでしょうね。 一事が万事、自分の発言が、周りの者にどのように受け止められているかということを斟酌しない「裸の王様」ぶりに気がつかないのは、おかしさを通り越して情けないですね。 その後の市長選の対応をみても、まだ判っていないようですね。 選挙中ですから、詳細は書きませんが、まったく自分の立場を理解できない人は、この機会に潔く一切の公的な立場から身を引くべきです。 家族が反対したから出馬を断念したですって! 笑わせるなよ、といいたいですね。 男の出所進退は自らが決すべきだということぐらいは判って欲しいですね。 12月23日 松室 猛
池田市長が知事選出馬のために、就任後6ヶ月余りで辞任をした。その後任の候補者をめぐり巷ではトンでもない噂が流れている。
その話題は倉田薫前市長が、返り咲きを画策していることにある。報道によると本人自身がやり残したことがあるので意欲はあると発言をしたことが発端であったようだ。 私個人の見解であるが、トンでもない話であり、これ以上池田の名を汚して欲しくない思いで一杯である。 市長会から担がれたから出馬したという積りだろうが、最初は市長会の30名以上の推薦があれば出ても良いといっていたのを、それが不可能だとわかった時点で3分の2の推薦があればとなり、結局は2分の1しか推薦がなかったのに出たのが今回の知事選挙であった。結果は、僅かに池田市と能勢町だけで勝ったが全体では80万票の大差での敗北であった。 彼の選挙前の発言にも理解に苦しむものがあった。「橋下さんはやんちゃだが、大好きだ。都構想も反対ではない」などと語り、橋下氏からは「選挙戦略でしょう。賛成ならば応援してくれれば良い」と一蹴されていていた。 平松とは共闘しない、政党推薦は受けない、勝手連として支援して欲しいといっていたが、関係者にも充分な根回しも無く、選挙戦に入ってからはすべての発言を自ら覆すさまは、彼の政治家としての評価を自分で下げている始末であった。 こんな彼が、知事選に敗北したから今度は市長選に復帰するとは驚き入った話しで、さすがに後援会の幹部からも諌められ不出馬を発表したが、もし出たとすれば恥の上塗りであり、池田市民としてこれ以上に恥ずかしい思いをさせないで欲しいと願っている。 不出馬を表明はしたが、彼のことだから維新の会の関係者が出馬するとなれば、これ以上維新の会の思うようにはさせられない、これに勝てるのは自分しかないなどといって再度出馬の可能性があるとまことしやかに噂するものがある。この噂は彼の自業自得であり、知事選の時ですら、あれほどコロコロと発言を変更したのだから無理もない話しである。 明確に言っておきたいことは、政治家の出所進退は自分自身で明確にすべきであり、コロコロ変わる無様さだけは絶対に避けるべきだということである。 支援者にもいろんな人がおられるだろう。彼のことを池田の宝だとまで言った人があるそうだが、出処進退すら明確に出来ない、前言を覆すことに何のためらいもないような人物を宝だという人の気が知れない思いである。 池田市民の一人として言いたいのは、あなたの出番はもう済んだということであり、今後は口先だけの発言を慎み一切の公職から身を引くべきだということである。 23年12月7日 松 室 猛
実は、なでしこjジャパンの優勝戦をリアルタイムで観ませんでした。まさか勝てるとは思わなかったので、THE OPENを遅くまで観ていたのです。
朝起きて、優勝したことを知り驚くとともに、BSですべてのゲームを観戦し感動しました。久し振りに感動を経験しました。 アメリカの選手に比べ体格で劣る日本の女子選手が、ひるまずに挑み続けて姿は立派でした。 ゲームの専門的な分析はできませんが、ボールのキープ率でも可なりの差がありましたし、シュートの数でもやはり圧倒されていました。 しかし、取られたら追いつくゲーム展開と、少ないチャンスを得点に結びつける日本チームのゲーム展開は見事でした。そして遂に延長の末にPK合戦にまで持ち込み、遂にアメリカを突き放し勝利したことは本当に凄いことですし、見ていた者を感動させずにはおきませんでした。 心から、この度の快挙におめでとう!を言いたいと思いました。おめでとう! 日本の女子は凄いですね~ ゲームが終わりしばらくは感動に浸りましたが、それから間もなく女子スポーツの様変わりに気がつきました。 かつて大松監督が率いたバレーボールチームは「東洋の魔女」でしたが、今回のチームは「なでしこジャパン」でした。「魔女」と「なでしこ」の違いもさることながら、大松監督は「俺について来い!」でしたが、佐々木監督は「横から目線」で、選手の中に入って育て上げたとの事でした。どちらが良いのかなどと野暮なことを言うつもりはありませんが、いろんな意味で様変わりを感じました。 特に帰国後の記者会見で、監督から何を学んだかとの質問に対して「別に何も学んでいない」の発言や、猛烈さを感じなかったどころか、和気あいあいの記者会見の雰囲気も、私にとっては新鮮な驚きでした。 女子といえども多くの場合は、猛烈な根性や男子顔負けの闘争心をむき出しにしているケースが多かっただけに、時代の変遷を感じました。あらゆる面で様変わりしていることを感じながら、十年一日の如く同じことの繰り返しだけでは進歩がないのかな~と感じていました。 指導者はいかにあるべきか、人を育てるとは本当に難しいことだと感じますが、いずれにしろ爽やかな人間関係を築くことの大切さを感じました。 世の中で何が難しいかといえば、やはり人間関係の構築が一番難しいのではないでしょうか。 政治の世界における人間関係が余りにも酷過ぎるので、尚のことそう感じたのかもしれませんが・・・・ 平成23年7月20日 松 室 猛
大阪府議会の5月定例会が6月3日に閉会した。議案審議に関して、維新の会の躍進で予想通りの議会運営が始まった感じである。
彼等は選挙時の公約であるとして議員定数を109から88に削減することを議員提案し、維新の会単独で強行採決をし可決した。 私は現職時代に府議会議員の定数が多過ぎると感じ10万人に1人の割だと88人となるが、行政区によっては微調整をしなければならないことから、大雑把ではあるが最大限で100人が妥当なとこだろうと主張したことがあった。それだけに今回の維新の会の提案には賛同する気持ちがあった。 当時の話ながら、この問題を議論するために議員定数に関する特別委員会を立ち上げ各派と協議に入ったが、選挙区割りについて各派から議論が百出し到底まとまる雰囲気にならなかったので特別委員会を解散したことがあった。 今とはまったく各派の勢力分布が違う時代であったが、1人区を残すことに対して当時の弱小政党は強硬に反対を唱え、合併選挙区を増やし1人区をなくす方向でなければ1票の格差が埋まらないと主張していた。1票の格差を金科玉条の如く主張していたが、本当の理由はそんな次元ではない。1人区では当選できないが合併選挙区で複数定数区になれば弱小政党に当選の可能性が出てくるからである。 確かに、今回の改正案では1票の格差が広がることになるが、1票の格差について、それ程神経質にならねばならないのだろうかと疑問に感じていた。 この問題は地方審では違憲であると判断されていたし、最高裁でも憲法との関連が議論されており法律論としての格差論は理解できるが、選挙時の投票率の実態などを勘案して臨床学的に言えば投票率が国政選挙で60%前後、地方選挙では50%前後でしかない実態を考え合わせれば、それ程1票の格差に拘ることに妥当性があるのだろうか考え続けていた。1票の重さに格差があるから投票に行かないなどといった論理は妥当性をもたないし、選挙区割りと定数削減は、今回の維新の会のように、エイヤと蛮勇を奮ってやらねば是正できないことは、この問題に関わった者なら誰しもが経験したことなのである。だから結論に対しては率直に言って賛成である。 ただ、結論ありきで途中の経過がまったく無いとすれば、議会運営のあり方としては簡単には是認できない。 最大会派がまとまれば何でもできるとする議会運営は必ずどこかでほころびるだろう。何故改選直後のこの時期に定数改正するのかといった議論があったようだが、時期が早いからおかしいことはない。改選前では周知徹底期間の問題もあり、今やることに何の問題もない。ただ議論が尽くされていないと言うが、この問題は各派の思惑と議員個人の死活問題を包含するだけに、過去の経験からすればいくら議論しても軟着陸は困難なのである。しかし、この問題で数の力を誇示し、いくら反対しても単独で決めるぞといった感じを他の会派に感じさせてしまった問題点は小さくないだろう。 自己撞着的な議論であるが、議論は大切だが、やる時にはやらねばならないのも議会人の務めだと思うからである。 国旗・国歌に対する対応にも各派にバラツキがあったが、この辺りのことについてマスコミの報道からはその理由が正確に伝わっていないのではないだろうか。 公明党はともかく、自民党がこの問題に反対した理由はそれなりに承知しているつもりだが、多くの府民は何故だろうと疑問に思っている人が多いことを議員諸侯は知っているのだろうか。 議会内部における議論の実態を府民に知らしめる必要があると思うのだが、そんな対応こそが一番必要なことではないだろうか。 平成23年6月6日 松 室 猛
先日、友人の奥さんのお葬式に立ち会った。避けられない事とはいえ、やはりお葬式は寂しく、悲しいものだ。
ついこの間まで大変お元気だった人だったのに、突然脳梗塞で倒れられ救急車で病院に運ばれ、2週間弱の療養の甲斐も無く旅立たれた。 常日頃は、それぞれ独立して生計を営んでおられる3人の子どもさんやお孫さん達は、ゴールデンウイーク中だったので仕事や学校を休むことも無く付きっ切りで看病され、みんなに看取られながら旅立たれた。その意味で故人は幸せなお人だったと思った。 喪主である友人は会社を10年以上前にリタイアされて、夫婦二人が静かに悠々自適の毎日を過ごしておられたが、慣れないお葬式だけに、我われ近くにいる者がお手伝いすることになった。 生前の故人と喪主の意向で、ごく身内だけで送りたいとの意向であったので複数の葬儀社に相談をして、家族葬をすることになった。 喪主の強い要望で自分の友人や、かつての会社関係者にも連絡をせず、ご近所と長男の会社にだけ連絡をしてのお葬式であった。それでも当日は50名以上の参列者があり、おごそかなお葬式だった。 真言宗のお寺さんの読経の後、僅かだけ弔電の披露があり、代表焼香も地元町内会のご代表だけで、後は随意焼香で式が進められた。 故人と直接関わりがないとの理由で公職者などへの連絡をしていないので、議員などの代表焼香も無く本当に身内と近隣者だけのお葬式であった。 裏方として若干お手伝いをしながら感じたことは、成すべきことはすべて成し、質素ではあるが本当に素晴らしいお葬式であったと感じた。 職掌柄、現役の頃は頻繁にお葬式にお参りをさせてもらったが、大変多くの弔電を読み上げ、その間参列者を待たせる事の是非を考えさせられたり、長々と代表焼香を読み上げ、またぞろ参列者を待たせるお葬式が多かっただけに、極めてシンプルながら充分に心を込めたお弔いができたことで、おかしな表現ながら爽やかな感じがした告別式であった。 聞くところでは、最近は家族葬が大半で、先に書いたような葬式はかなり少なくなったようだ。 ひどい時にはお葬式にお参りするのが仕事なのかと思うほど時間に追われ参加したものだが、故人やその近親者と親しい間柄ならともかく、故人も知らねば喪主とのお付き合いもないお葬式に参列する事の意味を考えされられたものだった。それでも弔電を打ち、ご香典をお持ちするのが当り前の時期は、今だから言えるのだが大変であった。その代わり代表焼香で呼んでもらえるので比較的早く退席させてもらっていたが、本当の意味で故人と親しかった方たちは長い時間待たされるのは、誰のためのお葬式かを考える時、やはり本末転倒のお葬式ではなかっただろうとしみじみ考えたものだ。 冠婚葬祭のすべてが簡素化される傾向があるようだが、喪主の見栄としかいいようがない派手なお葬式が影を潜め、本当に故人とゆかりのある人たちを中心に送るのがお葬式本来のあり方だとしみじみ思った。 裏方としてお手伝いをして思ったことの中に、やがて来る自分自身のその時のために、倅達に決して葬式の本来の意味を違えずに質素であっても心のこもった送り出し方をするように遺言しておかねばと思った。 改めて故人のご冥福をお祈りし、残された方たちが元気に過ごされることを心から願う次第である。 平成23年5月8日 松 室 猛
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